〈食と美と健康〉~お茶の百神~お茶の香りは心をいやす
新型コロナウイルスに感染すると、嗅覚に障害が出て、食べ物の匂いを感じなくなるようです。食品の香りは、その商品価値を決めるのに非常に重要な要素です。例えば、コーヒーや紅茶などは、特に香りが品質を決める重要な要因になっています。また、ウイスキーやワインについても、専門の調香師が繊細な香りの調整に関わっています。同じ嗜好飲料であるお茶についても、新茶、煎茶、抹茶など以外にも多くの品種・産地があり、それぞれ特有の香りがあります。
食品の香りの重要性は指摘されてはきましたが、栄養学的な側面からの検討は、ほとんどされてきませんでした。しかしながら、香り成分は、食品中の栄養成分と同じように、鼻腔、経皮吸収、腸管吸収を介して、体に入ってきます。体に入ってきたことから、栄養素と同じように香り成分も体に対して、何らかの影響を及ぼしていると思われます。
これまでに、食品の持つ機能の説明として五感栄養学、あるいは、栄養神経科学という言葉で紹介してきましたが、今回の話題は、まさにこの両面を含めた話です。食材の主に精油に含まれる香気成分は、体に入った後、血流を介して脳内にも取り込まれることを確認しました。そうすると、脳において重要ないろいろな神経細胞に対して、何か影響を及ぼしている可能性が考えられます。実際にいくつかの香り成分について調べてみると、脳内の神経伝達物質の放出が影響されることが分かりました。リンゴや野菜、また、お茶にも含まれており、一般に青葉アルコールといわれているヘキセノールやヘキセナールにより、脳内のドーパミンなどの放出が増加することを明らかにしました。柑橘類に含まれる代表的な香気成分のリモネンも体に入った後、代謝され、その分解産物が脳に入り、各種の神経伝達物質に影響を与えることも明らかにしました。その結果として、行動にも影響がでることがわかりました。
香りは、個人により好き嫌いがあります。特に外国人の中には、緑茶の青臭い匂いが苦手という人もいます。しかし、緑茶の効能を考えると香りを変えて飲んでみたらどうでしょう。ハーブティーのように、外国人の好む香り(レモン、ピーチ、アプリコット、グレープなど)をつけた各種緑茶のティーバッグは、実際に市販されていますし、新しいお茶の世界が広がるのではないでしょうか?
喉を潤すためのお茶としての飲み方ではなく、茶香を楽しみ、心の安らぎを引き出す飲み方が、この新型コロナウイルス禍の中、私達には必要に思われるのですが。
〈2021年3月 / 茶柱コラムより :旧竹沢製茶HPに掲載分〉
静岡県立大学名誉教授
農学博士 横越英彦 著
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