〈食と美と健康〉食物と脳の働き
栄養学は、もともと欠乏の栄養学として研究されてきた。何をどれだけ食べればよいのか。食べ物の中に何か生きるために必要な成分があり、それは何か。その必要な量はどれだけか。ビタミンが発見されていなかった時代には、ビタミン不足は未知の病、不治の病と思われていた。
栄養神経科学とは?
私は、従来の栄養学にはない新しい栄養神経科学という分野を開拓してきた。マサチューセッツ工科大学(MIT)に留学していた時にその基礎を学び、神経内分泌学を栄養学に取り入れたのである。食べ物と脳の関係である。もう少し解説すると、脳も体に存在する一つの器官であり、食べ物により影響を受ける。そもそも脳は、食べた成分により作られ、脳のエネルギー源も食べ物に依存する。また、脳は、高次の精神活動を果たしているが、それには多くの神経調節因子(脳内ホルモン、神経伝達物質)が関わっているが、それらの素材も食べ物である。脳機能において重要な働きをする脳内神経伝達物質は、アミノ酸そのものか、アミノ酸の構造変化、あるいは、アミノ酸が結合したペプチドから合成される。よく知られているカテコールアミン(ドーパミン、エピネフリン)はチロシン、セロトニンはトリプトファンから作られる。すなわち、食べたものにより、脳内成分や代謝は変化し、それにより脳機能(記憶・学習、情動、パフォーマンス、睡眠など)も影響を受ける。
緑茶中の神経影響成分
緑茶には、脳神経系に影響を及ぼす成分がある。例えば、寝る前にお茶を飲むと眠れない、仕事で疲れて頭がボーッとするようなときには、濃いお茶を飲むと気分がすっきりする。お茶を飲むと心が安らぎホッとする。これらは、お茶を飲むことによる脳機能の変化を反映している。
お茶の脳・神経系への影響を見ると、まず、色味である。爽やかな淡い緑は、心の安らぎを与え、また、お茶の香りや穏やかな渋味や苦みも、日本人には受け入れられる。緑茶中で、古くから知られている神経の興奮作用を示す成分はカフェインである。カフェインには、中枢神経興奮作用、覚醒作用などが知られており、寝る前にお茶を飲むと寝付きにくいなどは、このカフェインの作用といわれている。また、緑茶に多く含まれているカテキンには、脳機能への影響として認知症予防などが報告されている。また、緑茶特有のアミノ酸であるテアニンには、リラックス作用がある。今後、これらの効能について紹介する。
〈2020年7月 / 茶柱コラムより :旧竹沢製茶HPに掲載分〉
静岡県立大学名誉教授
農学博士 横越英彦 著
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